【千原弁護士の法律Q&A】▼175▲ 取引打ち切りで担当者に一部負担を考えているが。

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千原 曜弁護士

千原 曜弁護士

〈質問〉

 当社は、通販事業を展開する傍ら、BtoBの卸事業を展開しています。このBtoB事業部門で、営業社員Aが、重要クライアントに大失態をしでかし、取引を打ち切られてしまいました。繰り返し注意していたことを守らなかったことが原因で、損害の一部でも負担させようと考えています。と言っても、まとまったお金も持っていないようなので、Aの毎月の給料や賞与から、差し引く形で払わせようと考えています。ただ、社内では「問題があるのでは?」という声が上がっており、相談させていただきました。(通販・卸会社社長)

〈回答〉 従業員への賠償金請求は限定されたケース

 理論的には、職務上のミスがあれば、会社から従業員への損害賠償請求は可能です。ただ、労働者は、「労働法」によって、大きな保護を受けます。Aが素直に納得して給料などとの相殺に応じ、そのまま問題にしなければ良いですが、Aから法的に反論されると、一筋縄ではいきません。以下のようなポイントを考えなければなりません。
 1、「賃金の全額払いの原則」により、会社が一方的に損害賠償金と賃金の相殺をすることができません。
 Aの同意があれば可能ですが、使用者と従業員との力関係から、同意が「Aの真意に基づくものか」について、裁判になると、慎重かつ厳格に判断されます。
 同意書を作成して、Aに捺印してもらうのは当然ですが、後で、Aが弁護士に相談して「同意は無効だ」などと主張されると、それが通ってしまうリスクがあります。
 さらに「ついでに未払いの残業代も請求しよう」などとなって、まさに「やぶ蛇」になることもあるでしょう。
 2、また、Aに故意や重大な過失が認められ、法的に損害賠償が可能な場合も、「事業によるリスクは、それにより利益を得ている会社が負うべきである」(危険責任・報償責任の原則と言います)という法的な原則がありますから、全額の請求は困難です。裁判でも、相当程度(5~8割程度)の減額がされるのが一般的です。
 また、Aからの反論として、会社の業務手順や指示に基づいて行い、自分にはミスがない、あっても過失割合は少ない等と主張されることもあるでしょう。
 3、以上のとおり、Aが素直に応じない場合は、強制的に給料から差し引くことは違法ですし、裁判をしても、回収できる金額は、たかが知れていているということになります。
 法的な見地から言うと、従業員への罰則は、就業規則に則った社内での懲戒処分が基本であり、賠償金の請求については、限定されたケースにおいて、限定された範囲の金額だけ、ということになります。


〈プロフィール〉
 1961年東京生まれ。85年司法試験合格。86年早稲田大学法学部卒業。88年に弁護士登録して、さくら共同法律事務所に入所し、94年より経営弁護士。現在、120を超える企業・団体の顧問弁護士を務める。会社法などの一般的な法分野に加え、特定商取引法・割賦販売法・知的財産法を専門分野とし、また、数多くの大規模企業再生・倒産事件を手掛けてきた。業界団体である全国直販流通協会の顧問を務める。著書に「こんなにおもしろい弁護士の仕事」Part1~2(中央経済社)などがある。

記事は取材・執筆時の情報で、現在は異なる場合があります。

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