【オリエンタルラジオ 中田敦彦氏】〈幸福洗脳が話題〉”売れそうにない”を売るに価値がある

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 人気お笑い芸人であるオリエンタルラジオの中田敦彦氏は18年10月、ラジオ番組「オールナイトニッポンPremium(プレミアム)」をスタートする数日前にファッションブランド「幸福洗脳」を立ち上げた。初回放送で「ネット通販サイトを立ち上げたが、まだ1枚も売れていない。どういうことなんだ」と声を上げた。「幸福洗脳」という一見怪しげなブランド名がプリントされたTシャツの価格は1万円(税別)。「売れそうにないモノを売るから価値がある。ラジオ放送がある半年間でひとかどのブランドにしてみせる」とまくしたてると、Tシャツは瞬く間に売れたという。「ブランドとは何か」「売り方の正解はネットなのかリアルなのか」─にわかに話題を集めている「幸福洗脳」立ち上げの奮闘ぶりや展望を聞いた。


──ファッションブランドを立ち上げた経緯は。
 物販を18年1月から自分でやり始めた。音楽ビジネスに関わって分かったのが、多くのミュージシャンは結局、物販で稼いでいるということ。CDビジネスは完全に機能不全に陥っており、アイドルグループだけがビジネスとして成立している。ダンス&ボーカルユニット「RADIO FISH(レディオフィッシュ)」の「PERFECT HUMAN(パーフェクトヒューマン)」は年間ダウンロード数で1位になったものの、「利益はこんなものか」と感じた。
 「タレントとして売れるか」「有名になれるか」「自分の表現が認めてもらえるか」という目線で十数年走ってきたが、お金を稼ぐことに関して無頓着だったと痛感した。お金についてもう一回しっかり考えないといけない。自分でリスクを取ってモノを作り、売ろうと考えた。講演会で物販を始めて、「オリエンタルラジオ」「レディオフィッシュ」のグッズも販売するようになった。Tシャツも作り始めていたが、「ノベルティーとしてのTシャツとブランドのTシャツって何が違うんだろう」と素朴な疑問が頭をよぎった。軽い気持ちでブランドも立ち上げられるんじゃないかと思った。音楽を始めるときも「やれるんじゃないか」という仮説のもと、検証し続けることで紅白歌合戦に出場することができた。ファッションも完全に未知の領域だがやってみようと決意した。


■売れそうなモノは売らない

──なぜ「幸福洗脳」だったのか。
 普通のモノを売ってもしょうがない。秀吉の一夜城ではないが奇襲攻撃で戦っていかないといけない。「レディオフィッシュ」も最初の5曲くらいは、当たり障りない曲で反響が出なかった。やっぱりインパクトだということで「パーフェクトヒューマン」が生まれた。
 「幸福洗脳」にたどり着くまで1カ月くらいかかった。人気ブランド「シュプリーム」の逆を行く作戦を考えた。「シュプリーム」は、言葉の意味はよく分からないが、何となく格好いいワードをボックスロゴでプリントしている。「幸福洗脳」は言葉の意味がすぐ分かるし、普通の人はおぞましいと感じるワードだ。ありそうで売れそうなものを普通に売ってもしょうがない。あえて「幸福洗脳」というブランド名をプリントして売ろうと決めた。
──ブランドを立ち上げ、ラジオ放送初日の数日前にECサイトを立ち上げた。まずECで行こうと考えた理由は。
 これまで物販をやってきて、自らECサイトを構築したりしてきた。だから迅速にネットで販売をスタートできた。商品についても最初は相当雑に考えていた。黒いTシャツに「幸福洗脳」をボックスロゴでプリントし、1万円で売るというコンセプトだけ決めた。「そんなの売れるの」に挑戦することが大事だった。どんな黒い生地でどういう風にボックスロゴをプリントするかなど考えていなかった。それ以前に自分が良しあしを知らなかった。良いもの、悪いものを知り、クオリティーが大事だと気付いた。今ではかなりクオリティーが上がっている。初期ロットの商品のクオリティーは相当低かったと思うが、不思議とクレームは来なかった。アジアの屋台みたいな売り方だった。普通、アジアの屋台のような商売をしている人が全国放送を任せてもらえない。ジョブチェンジしたからできたことだと思う。


■ネットでリアルを補完

──リアル店舗を出し、いったんはECをやめた。ネット展開を見直した理由は。
 配送に追われる1年を過ごしてきたのでネット通販の力をすごく感じている。単純にビジネスをやるならネット通販の方がいい。ただエンタメビジネスとしては実態が見えた方がいい。ネット通販だとエンタメとして薄い。音楽でいうとダウンロード販売に近いと思った。実店舗は自分でやってみたいという思いもあった。もし失敗したらつぶせばいい。実際、開店してみたら意外とお客さんは実店舗に来るんだと思った。僕もネット通販と実店舗のどちらでも買い物するが、個人的には実店舗で買う方が好きだ。実店舗で買った服の方があんまり捨てていない気がする。通販で届いた服の価値って自分の中でそんなに高くないかもと思ったときに、ネット通販はすごく便利だが、実店舗で買い物する体験とは別ものなのかなと思った。
 ラジオで実店舗に来てくれというメッセージを発信し、ネット通販を一回閉じたらすごいバッシングを受けた。「地方をなんだと思っているんだ」などすごかった。自分でも気付いていなかったが、ネット通販は便利なだけではなく、物理的に行けない人のためのものでもあるんだと分かった。それならと思って再開したが、そんなにネットの売り上げは伸びているわけではない。一方、実店舗の売り上げは伸びている。内装を変えたり、来た人への仕掛けをしたり、ラジオでアピールしたおかげだろう。だからと言ってまたネットを閉じるのではなく、ネットで実店舗を補完していくのがいいのかなと思っている。どっちがいいかではなく、実店舗があった方がネット通販の説得力が増すし、ネットで買ってみて商品の世界観が気に入って実店舗に行ってみようという人もいる。


■不自由さが面白い

──ネット通販やリアル店舗で気を付けている点は。
 不自由さが大事だと思っている。先日、伊勢神宮に行ったら、外宮と内宮が離れた場所にあって、作法では外宮から参って内宮に行かないといけないという。東京からだと三重に行くのにも大変なのに、津市から遠いし、最寄り駅からも離れていて、いざ着いても外宮から内宮に行かなくちゃならない。さらに内宮に行っても本殿である正宮までに三つの門があり、一般の人は最初の門の先には行けない。先の門が見えるが行けない、この不自由さが面白いと思った。宗教とブランドは似ているところがあると思う。
 「幸福洗脳」の実店舗は乃木坂の住宅街の中にある。初めて行く人からは分かりにくく、電柱看板などを確認しながら行き着くことができる。でも店に行っても僕がいるわけではなく、Tという変な店員がいて、買った人にタロット占いをしている。タロット占いにも仕掛けがあって、ある条件がそろうと公式サイト内にあるギャラリーのパスワードを教えてもらえる。ロールプレイングゲームみたいな感じになっている。
 ネット通販でも買えるアイテムが限定されており、ランダムに買えるアイテムを変えている。ネット通販でも不自由さがある。ネット販売の良さは手軽さやスピードだと思うが、ここに執着すると結局、新たなテクノロジーに負けてしまう。逆に不便さや複雑さでビジネスを成立できたら、長い寿命になると思う。ここに可能性を感じている。
──「幸福洗脳」の今後の展開はどうなる。
 「アブソリュートクオリティージャパン(日本の絶対品質)」というコンセプトのもと、服だけでなく何でも売っていこうと思っている。すでにシルバーアクセサリーやインテリアを展開しており、別ブランドで進めているコーヒーも含めようと思っている。男性をターゲットに黒を基調にして、「幸福洗脳」のロゴを入れるという世界観は統一する。
 日本製のハイクオリティーなモノを売るという理念に共感してくれるキャストを集めている。手の組み方はケースバイケースで考える。仲間を増やして海外に出ていきたい。海外の方に本当に良いモノだと分かってもらって買ってもらうことに意味がある。
 ブランドは信頼の蓄積だ。これからは信頼を勝ち取っていく戦いに入る。ラジオではブランドコンセプトを探すスタートアップの部分をお見せした。今後は長きにわたって、「あのブランドは本当にたいしたものだ」と言われる存在になりたい。


〈プロフィール〉
なかた・あつひこ
 お笑いコンビ「オリエンタルラジオ」のメンバーでありながら、ダンス・ボーカルユニット「レディオフィッシュ」としても活躍。お笑いでも音楽でもヒットを生み出す仕掛人。ファッションブランド「幸福洗脳」は物議を醸しながらも、多くのファンを獲得。「幸福洗脳」の舞台裏も描いた書籍「労働2.0 やりたいことして、食べていく」を3月16日発売する。

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